筋肉とコードで人生をビルドする。カナダ留学を経たボディビルエンジニアの現在地
はじめに
はじめまして、タイキです! この度、自分の市場価値や日々のインプットを発信していくプラットフォームとして、多言語対応ブログ「MyLogbook」を立ち上げました。
システムはNext.js、Supabase、Vercelなどを組み合わせ、ゼロから個人開発しています。記念すべき最初の記事として、「ボディビルエンジニア」という少し変わった肩書きを持つ私の現在地と、これまでの波乱万丈な歩みについて自己紹介させてください。
まぐれ合格から始まった、世界への扉
何もしていなかった大学1年と、人生を変えた2つの転機
現在でこそ、海外で学び、英語で技術ドキュメントを読み込むエンジニアとして活動していますが、大学1年の頃の私は「何もやっていない」ごく普通の学生でした。
転機が訪れたのは大学2年の時です。一つ目は、イギリス・オックスフォードへの語学研修。実は当時、英語は不得意中の不得意科目でした。研修に行ける選抜テストも「たまたま4択の勘が冴え渡って」受かってしまっただけ。案の定、クラスの成績は下から1、2番目で強烈な劣等感を味わいました。それでも、現地で「下手くそなりにも自分の英語で相手と会話が通じた」という経験が、とてつもなく嬉しかったのを今でも覚えています。
二つ目の転機は、当時カナダに住んでいた兄を訪ねたこと。色々な国の人たちが一つのテーブルを囲み、同じ言語(英語)で笑い合っている光景を見て、「俺もこんな風に、外国で色々な人と会話してみたい!」と強く感動しました。
休学、そしてオーストラリア・カナダでの生活
その感動を胸に、1年間猛勉強して資金を貯め、大学を休学してオーストラリアへ1年間ワーキングホリデーへ。さらに帰国後、もう一度休学してカナダへ1年間渡りました。
当初の目標通り、様々な価値観を持つ人たちと英語でコミュニケーションを取りながら働き、遊び、生活するという夢を実現させ、私の価値観は大きく広がっていきました。
コロナ禍の不完全燃焼と、エンジニアへの挑戦
「ものづくり」としてのプログラミングの面白さ
大学卒業後はフランスへ行く予定でしたが、不運にもコロナ禍と重なり渡航を断念。そこからしばらくは日本で働いていました。
しかしコロナが明けた頃、私の心には「不完全燃焼」の思いがくすぶっていました。「もう一度、海外へ行きたい。でも次はただ行くだけじゃなく、確固たる武器(目標)を持って挑戦しよう」。
そう決意した背景にあったのが、当時日本で興味を持ち、勉強を始めていたプログラミングの存在です。コードを論理的に組み合わせて、ゼロからシステムや画面を作り上げていくプロセスは純粋な「ものづくり」としての楽しさがあり、すっかりその面白さにのめり込んでいました。そして、このスキルを英語で本格的に学ぶため、再びカナダへ渡ることを決めたのです。
英語×フルタイム労働×フルタイム学習の過酷な日々
カナダのカレッジ(Computer Science / Web Development専攻)での生活は、決して甘いものではありませんでした。
日本語でも難しいITの専門知識を、英語で理解しなければならない壁。それに加え、生活のためにフルタイムで働きながら、フルタイムで学校に通う日々。心身ともにギリギリでしたが、この過酷な環境に食らいついて乗り越えたことが、現在の東京でのソフトウェアエンジニアとしてのキャリアの強力な土台になっています。
筋トレが教えてくれた「緻密な設計」の重要性
週10回の狂気的なトレーニング
エンジニアとしてのキャリアと並行して、私の人生に欠かせないのが「筋トレ」です。きっかけは兄がパーソナルジムを開業したこと。アドバイスをもらいながら自宅で筋トレを始めました。
最初は週3回だったのが、気づけば週4、週5……一番多い時期にはなんと「週10回」という狂気のペースでトレーニングにのめり込んでいました(笑)。カナダにいた頃、ジムや道端で知らない現地の人から褒められるようになったことで自信がつき、現在は来年のボディビル初出場に向けて本気でトレーニングに励んでいます。
筋肉のビルドは、システム開発と同じ
「ただ重いものを持ち上げているだけ」と思われがちですが、実は筋トレはものすごく緻密な計算ゲームです。
重量、フォーム、レップ数、分割法、PFCバランスから睡眠時間まで、すべてを論理的に設計しなければ筋肉は育ちません。仮説を立て、ロジックを組んで自分の体を構築していくプロセスは、まさに「エンジニアリング」そのものです。コードでシステムをビルドし、トレーニングで自分の肉体をビルドする。私の中では、この2つは完全にリンクしています。
どんな環境でも「サバイブできる」という自信
私はこれまで、様々な国や都市を転々としてきました。実はその過程で、いくつもの冷や汗をかくようなトラブルを経験しています。
まだ英語が話せなかった頃にアメリカで空港を間違えて日本に帰れなくなったり、オーストラリアで所持金がたった5ドルの状態でクレジットカードが止められたり。さらに、マイナス7度のドイツの駅で凍えながら野宿をしたり、スイスの駅で野宿していて警察官に補導されたりと、なかなかの修羅場をくぐってきました。
それでも、なんやかんやでこうして元気に生きています。
そこから学んだ一番の教訓は、「人間、どんな環境でもサバイブできる」という圧倒的な楽観主義と適応力です。行き詰まったら、無理にその場に固執しなくてもいい。フットワーク軽く場所を変え、新しい価値観に触れることで道が開けることもあります。
この強烈な原体験からくる自信は、現在のエンジニアとしての柔軟な問題解決能力や、困難なバグに立ち向かうメンタルにも間違いなく繋がっていると確信しています。
おわりに
この「MyLogbook」では、ソフトウェアエンジニアリングの技術的な気づきやAI分野へのキャッチアップ、そしてボディビル大会への道のりや異文化体験など、私の日常のLog(記録)をそのまま残していきます。
「色々な生き方があるんだな」と、皆さんに少しでも楽しんで読んでもらえるプラットフォームにしていきたいと思っています。これから少しずつ記事を更新していきますので、どうぞよろしくお願いします!